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里主コラム
コラム 1 刻楽(ときをたのしむ)
コラム 2 若気の至り
コラム 3 手根管症候群は勲章か?
コラム 4 稲もストレス社会
コラム 5 七十二候を体得して半人前
コラム 6 思いを致す 稲作
コラム 7 神楽(かぐら)のギフト新発売の謂れ
コラム 8 森のチカラを頂いて
コラム 9 甘酒で刻楽
コラム 10 年末恒例餅つき

 

里主コラム 1~10 51~60  101~110  141~150
里主コラム 11~20 61~70  111~120  151~160
里主コラム 21~30 71~80  121~120  161~170
里主コラム 31~40  81~90  121~130  171~180
里主コラム 41~50  91~100  131~140  181~190

 

  • 刻楽(ときをたのしむ)

     稲は一年をかけて自然の営みの中でゆっくりと育ち、実り、翌年の世代に種を受け継いでいます。人々はその恵みをいただいて、命をつなぐと同時に味わい、喜び、楽しみ、そして感謝して、一世代に移り行きます。
     自然界には一つの無駄もありません。
     自然のとてつもない包容力の中に人として身を置いているこの時間を楽しまなければ、何があるでしょう。
    毎日、自然と向き合って稲を作っている私共は、例え台風の災害にあって稲が不作になっても、それが自然という必然であると達観しています。
     自然の不思議に魅了され、恵みに感謝して、一刻、一刻を大切に暮らしていくことを信条としています。

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  • 若気の至り

    私には猛烈に自然に逆らった時期がある。

  • 37歳の時迄、がむしゃらに働いて自然と格闘した。
  • 結果は惨敗である。
  • インフルエンザをこじらせ髄膜炎を患い、2日半の昏睡状態から九死に一生を得てこの世に舞い戻った。
  • 気が付けばベットの上、喋ることはおろか自分の姓名、家族も記憶から削ぎ落され、聞くこと、読むこと、歩くこと、考えることすべてが出来なかった。
  • きっと赤ちゃんは生まれたときはそうなんだろうなぁと感じた。
  • ある日、病室から外を眺めると、見るものすべてが鮮やかに輝き美しく鮮明に見えた。
  • 「自然は素晴らしい」「人は愛らしい」と、澄みきった心で叫んだ瞬間であった。
  • 家族へ医者からは7~8割方は助からない旨聞かされていたが、奇跡的にすこしづつ回復し、機能回復に努め薬を飲み始めて28年、戻らない部分も少し残っているが、そこから得たものは自然に逆らわず、その只中に浸って「刻楽」(ときをたのしむ)ことが全てだと悟った。
  • 自然には一つのムダもないが人間は無理・無駄が実に多い。
  • そのしっぺ返しはいつかやってくる。
  • そう思って、毎日を逆らわずに生きることに専念している。
  • 農業も自然のなすがままに「刻楽」の毎日である。
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  • 手根管症候群は勲章か?

    先日右手を手術しました。

  • 長年の農作業で右手がしびれ、ついに激痛が走るようになって手が使えず、医者から重度の
  • 「手根管症候群」と宣告を受けて10針縫う切開手術、1000例に1例の傷み方であったと知らされました。
  • 「よほど過酷な仕事をされていたのですね」と尋ねられて、頷くのみ。
  • 自然に歩調をあわせて有機栽培をした証かもしれません。
  • 体を酷使して自分に気遣ってやらなかったことは自然に反することと痛感しています。
  • 「無事是貴人」と先達が言っている通りです。
  • 千変万化の自然現象に合わせることは至難の業、体で覚えて予測する毎年ですが、
  • ほんの少し理解した位の奥深さ、人を含めた「自然(じねん)」を知る楽しみが
  • 回復後に待っていると思うと嬉しくもなります。
  • 陽炎のような本物の自然の味を追い求め、お客様から笑顔を頂けるように精進する日々、
  • 人生っていいですね。
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  • 稲もストレス社会

    現在は稲作はギュウギュウ詰めの密植さいばいです。

  • 丁度、鶏のブロイラー鶏舎と同じです。生きるのに必要な最低限の空間を与え、消費カロリーを抑えて与えた飼料から効率よく卵を産ませる「かごの鳥」です。
  • 稲作も同じ手法で狭い空間にたくさん植え、最低限に必要な肥料だけを多量し、農薬で除草と害虫駆除にあたり、一時期に一気に収穫して省力化を図っています。
  • これでは美味しいお米ができるわけありません。
  • 私共は稲がのびのびと育つために自然に近い粗植栽培をしています。
  • 肥料も山の落ち葉(完熟腐葉土)や海の海藻、海水、野のレンゲなど微量要素(ビタミン・ミネラル)をたっぷり含む自然由来、生きた土から育てています。
  • 風通りがよく、一穂一穂がしっかりしていて、病害虫にかかりにくく、自然由来の栄養分をしっかり吸収した健康な稲が育ちます。
  • 収穫時期もずらします。
  • 猛暑の真夏に収穫するモミ(お米)は熟れるというより枯れると表現した方が適切ではないでしょうか。
  • 稲は短日性植物で日照時間が短くなれば熟成する植物です。
  • 真夏の猛暑は高温障害(稲のストレス)がでます。
  • 気候条件が揃った時期と数種類のお米を栽培し、特に10月下旬に収穫する「徳ばん」「まま徳」「弥生紫(黒米)」はその真骨頂といえます。
  • これはこの地方の気候風土に見合った最高の品種だからです。
  • 手間を惜しまず、稲の力を引き出し、自然に逆らわない稲作栽培には無理がありません。

 

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  • 七十二候を体得して半人前

    季節には春夏秋冬、十二ヶ月、二十四節季、さらに3つに分けて七十二候があります。

  • 現代社会では二十四節季も忘れさられようとしていますが、稲作農家にとっては七十二候、つまり五日毎の未妙な季節の変化をハダで察知し、次の変化を予見する能力を会得してはじめて稲を作る資格が与えられるデリケートな仕事です。
  • 空を、景色を、風を、匂いを、自然のすべてを感じ、その中にすっぽり溶け込んで始めて自然から稲作栽培を許可されます。
  • 過去の記録、古文書や文献、現代の気象データーも理解しておく必要があります。数十年、数百年に一度訪れる天変地異にはそれが物を言います。
  • 大地震の前には夕焼けが真っ赤になるとか、巨大台風が来る一週間前には海が鳴り鳥が居なくなるとか、様々な言い伝えがあります。
  • 稲を栽培する時間は一年の内わずか五ヶ月ほどですが、後の半年以上は稲を作るために土づくりに多くの労力を費やします。
  • 費やす量に比例して良い籾(お米)ができるからです。
  • その上で稲の性格、土の性分、水の性質、各圃場の微妙な個性などを加味しながらダイナミックな自然界の営みの中で、邪魔をしないように稲と一緒に暮らすのです。
  • 逆らった部だけ品質に現れますから・・・、それを反省しまた新しい年の始まりを迎えるのです。

 

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  • 思いを致す 稲作


    田の下に心と書いて思いと読みます。
    日本人は田んぼに色んな心を込めて稲を作り稲作文化を育んできました。
    「今年はどうか豊作でありますように」と豊作を祈り
    堆肥を施しては「田んぼが生き生きとした豊かな土になるように」願い
    種まきの時は「どうか良い苗が育つように」と思い
    田植え時は「すくすくと育ちますように」
    草を取りながら人も稲も「頑張ろう」と
    夏の日照りにはたっぷりと水を施し「暑さに負けないで」と
    台風が来ると耐えて忍んで暴風雨が早く過ぎ去るのを願い
    秋の収穫期は天候に恵まれることを
    収穫後の田んぼには今年の一年に感謝し
    そして又「来年も良い年でありますように」
    自然の恵みに、人々の営みに、・・・色んな思いを巡らせて一年が過ぎてゆきます。
    「思」には心の風景、日本の風土が生んだ愛おしい一文字です。

 

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  • 神楽(かぐら)のギフト新発売の謂れ


    稲作文化の象徴的な行事として日本人は古くから御神楽を舞った事が古事記や日本書紀に記してあります。
    当地は比叡吉田神社の分社が有り、古来より秋には村をあげて神社に米俵や清酒を奉納し、御楽車を引き、氏子の家々を回って獅子を舞い、祝杯を上げ、初孫はその御楽車にある太鼓を叩き、自然へ畏敬の念を込めると供に豊作を祝い、人々の幸せを願った秋祭りがあります。 
    小さな集落だけで行う小祭りと近隣九ケ村が集まっての大祭りが盛大に行われます。
    この一年に一度の秋祭りには都会に出ている兄弟親戚も集まってそれは賑やかなものです。
    最近は少子高齢化の影響でそのスケールも昔に比べて小さくなり、御祭りも簡略化されておリますが、祈る気持ちは絶えることはありません。
    家々では御寿司を作って家族や親戚一同で酒を酌み交わしながら一年の豊作と無事を喜び願い、また一年が良き年であるように願って御祭りを祝します。
    そこで、鎮魂や縁起物としてその気持ちをお届け出来ればと奉納する米俵をアレンジして「神楽(KAGURA)」を新発売することといたしました。
    日本の原風景が染み込んだ心の色を俵色に表現しました。
    おもてなしギフトに「日本人の心」として御加え頂ければ幸いです。

 

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  • 森のチカラを頂いて

    森のチカラを頂いて
    山に入って爽やかな心地良さや香り、いわゆる森林浴を不思議に思いませんか?
    沢山の動物や植物が亡くなっているにもかかわらず異臭がしないのはなぜでしょうか?
    それは微生物や細菌が綺麗に分解して次の世代に引き渡す役目をしているからです。
    また、日本列島は温帯モンスーンで年平均1800ミリもの雨が降リます。
    この天水のお陰で沢山の動植物、微生物や細菌が生きてゆく必須条件を満たして好循環している訳です。
    世界に稀なこの恵まれた環境は、ここに定住する日本人に幾多の恩恵をもたらしています。
    この自然のチカラを古来より崇め、利用して稲作文化を産み育てて来ました。
    私どもは古より受け継いだ自然と人間の関係を、優しい農法で守り続けて現在に至ります。
    毎年この時期になると山に分け入り、落ち葉をかき集める作業が始まります。
    広葉樹林、照葉樹林、針葉樹林が渾然とする中にあって、なるべく効率よく落葉広葉樹林の下で木枯らしにあった落ち葉を根気よく集めます。
    特に恩恵を受ける糸状菌は、落ち葉を分解して腐葉土にし、稲の栄養元として大切な細菌の一つです。
    山の場所によってその細菌も異なり、東西南北の斜面でも性質が違います。
    ですから、できるかぎり違った場所から多くの落ち葉(細菌)をかき集めます。
    それは稲を育てる田んぼに、多くの微量要素を含む栄養分を作り、元気な生きた土にするための重要な作業となります。昔から「米作は地力で」という言葉があり、いかに田んぼを生きた肥沃な土に仕上げるか、それが美味しく健康なお米を作る要諦です。
    ただし、100トン以上も堆肥にするのですから、それはそれは重労働です。
    これを一年間保水と撹拌、寝かして、自然の力を借りて栄養分たっぷりの完全な腐葉土堆肥に仕上げて、この生きた肥料を田んぼに施すのです。その喜びは筆舌にしがたいものがあります。
    化学肥料だと僅か1時間もかからない作業を実に1年余りをかけて自然と会話しながら生きた肥料を作るのですから気が遠くなるような時間と労力と心が込められています。(笑)
    自然のチカラをお借りして、人にやさしいお米を作る事が、自然への恩返しであり、私どもの信条である「おいしく健康」に完結するのです。

 

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  • 甘酒で刻楽

    甘酒で刻 楽(ときをたのしむ)
    12月入るとシベリア寒気団が南下して四国も寒くなり、甘酒の仕込みシーズン到来です。
    冬季の12月から3月頃の寒い時期にかけてのみ製造する期間限定です。
    甘酒は炊きたての御飯に麹菌を混ぜて作ります。
    麹は豊作年にのみ発生する稲麹病という稲穂につく菌から作られる、言わば祝い酒です。
    仕込み後数日で麹菌の威力が発揮され、御飯が絶品の甘みと香り舌触りの良い甘酒へと誘います。
    私共は、お米以外は全く使用しませんから麹菌が生きたままです。
    麹菌は刻々と変化するために、極上の食味を堪能できるのは約一週間です。
    勿論、作る数量も限られます。冬の風物詩として、我が家では欠くことのできない1ページです。
    おすそ分け程度に販売していますので、幸運にも御用命が叶えられた方は、是非しあわせの「ひととき」を人生に重ね合わせて、至極の食時を楽しんで頂ければ幸いです。
    それは、私の座右の銘「刻楽」そのものですから。

 

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  • 年末恒例餅つき

    例年十二月三十日は餅つき日です。
    石臼に杵、釜、蒸籠、薪木、もち米を蒸す段取りは、全て昔ながらの伝統作法通りに行います。
    代々当主が手で搗くのでそれは大変ですが、神事(祝い事)ですから張り切ります。
    先ず、お鏡、当家は代々三段重にするのが習わしです。
    お鏡は当主が丸めて、家族は出来たものを団扇で扇ぎ、艶のあるお鏡に仕上げます。
    江戸時代、当家に貧しい盗人が二段重ねのお鏡の上一段を持ち帰ったそうで、それからは「何時でも持ち帰ってもらえるように」と、三段重が当家の習わしとなりました。
    正月の神棚に飾る玉餅(花餅)は、柳に色とりどりの小粒餅を付けて飾り付けます。
    花餅は子供達の出番、色とりどり枝垂れ柳の木一杯に飾り付けます。
    小餅は家族みんなで賑やかに作ります。
    白餅は勿論、よもぎ餅、黄餅、黒餅、あん入り餅、きなこ餅、のし餅、を作ります。
    餅米、新芽のヨモギ、弥生紫(黒米)、クチナシの実、あんこ、きな粉、生姜、川のり、天然塩、など材料すべて自然の恵みです。
    途中、お腹が空くので休憩、子どもたちもお待ちかねの搗きたてのお餅を口に運び、思わず笑顔がこぼれ、壱刻を楽しみます。
    さて、残りの餅を搗き上げて後は片付けです。
    数日前からの仕込み、早朝からの餅つき、片付けは夜遅くまで続き、やっと終了です。
    今年一年の区切りと来年が良き年であります様願って、杵納となります。

    やっぱり、日本の稲作文化はいいものです。

 

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