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里主コラム
コラム 51 小春日和
コラム 52 やきいも
コラム 53 落葉集め
コラム 54 金柑漬
コラム 55 あらた(新田)を迎えて
コラム 56 寒九の雨
コラム 57 十五日正月
コラム 58 梅暦
コラム 59 グリーンシティーの提唱
コラム 60

自然の間尺で

 

里主コラム 1~10 51~60  101~110  141~150
里主コラム 11~20 61~70  111~120  151~160
里主コラム 21~30 71~80  121~120  161~170
里主コラム 31~40  81~90  121~130  171~180
里主コラム 41~50  91~100  131~140  181~190

 

 
  • 小春日和

  • 久方の穏やかな天候で最高気温が17℃まで上がり仕事日和、当家の入母屋造りの母屋の外壁下見板を柿渋で塗装しました。

  • 板は地元那賀川上流の木頭杉の柾の赤身、風雨に耐えて家を保護してくれている大切な外壁木材ですから、感謝を込めて五~七年毎に柿渋を丁寧に塗って補修します。
    破れていないか、傷みが酷くないか、注意深く点検しながら埃を払ってから塗装します。
    それを繰り返して五十年を過ぎた頃には下見板も張替えとなります。
    一代で一度は張替え時を迎えるのですが、まだしばらくは大丈夫な様子です。
    柿渋は実がまだ緑の時に収穫して絞り、灰汁を一年以上できれば4~5年寝かしたものが最上です。当地は風雨が特に強い地域ですから傷みも早いので濃い目に施工します。
    風がなごい(方言で穏やか・無風の意味)日ですから野焼きも絶好のタイミングです。
    風上から稲刈り後の藁や雑草に火をつけて一斉に燃やします。藁、雑草は勿論、越冬する害虫の駆除に欠かせない作業となります。焼いた後の灰は無機質になって春の稲作に向けた土壌づくりに欠かせない土壌改良のアイテムとなります。


  • 「ひなたぼっこ」にも最高の日和で、昔は堆肥や筵・縄に使用するため稲わらを高く積んで保管する『いなむら(この地の呼び名)』が田圃のあちこちにありました。その日当たりの良い所に寝そべって一眠りするのは極上の刻楽です。藁の香りと太陽の香り、土のぬくもりと頬を撫でる穏やかな風、そして天高く晴れ渡る青空、どこからか野鳥の鳴き声、地球の大地に包まれて休む心地良い感覚は体感したものでなければ解らない至福のときです。そんな恵まれた日和は月に一・二回有るか無いかですが、もしその環境に有りましたら体験されてみてはいかがでしょうか。

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  • やきいも

  •  籾殻焼(さつまいも)が特に美味しい時節柄、当里では「すりぬか」(籾摺りから出た稲の殻)を焼いて燻炭にして土壌改良に使用しますが、乾季の今がその作業の只中で、そこに潜り込ませてサツマイモを便乗焼きします。
     最高の味加減に焼くには長年の経験と勘が必要で、籾殻が未だ十分に焼けていない所に入れると苦味や燻っぽい味が付きます。又燃やしすぎた所に入れますと外は炭と化して食べる所は僅かとなります。程々に燃えた籾炭の黒からグレーに変わる境目の籾殻炭の所に入れるのが要諦です。又、サツマイモのサイズに合わせて入れる深さも調整しなければなりません。小振りは上目、大は下程に、下過ぎると底の土に近くなるので半焼き状態になり、上過ぎると火力が少なく半焼きになります。又風力、風向きによって火力が強すぎたり弱すぎたりしますから中庸を探さなければなりません。総じて風上は禁物、火力が強すぎて失敗の元、せっかくのサツマイモが炭と化します。又風下は火力が弱く燻臭がイモに付いて苦味を帯び且つ焼けるのに時間がかかります。つまり自然を読み解く力が必要です。
     ことほど左様にすりぬか焼きは熟練を要する焼き芋ですが、農家の達人が焼くと塩梅良く焼き上がり市販されてる石焼き芋や普通の焼き芋とは次元の違う甘味と香り、焼けた皮をひと捲りすると飴色になったそのサツマイモの表情たるやたまらない食欲を唆り、未だ熱々で手に持って皮をむくのも耐え難いものでも食欲がそれを吹き払って口元に運ばせます。その絶妙の味たるものは頂いたものしか言い表わすことのできない至福の味です。
     子どもたちは焼き上がりを待つ時間も楽しみの一つとして、その籾殻焼きの傍で体を暖めながら遊びに興じ、頃合いを見て焼き上がったサツマイモを串刺しにして焼けた皮を捲りながら「フー、フー、パクリ」、ビタミンCやカルシウム、食物繊維(セルロース)が多いので冬場の間食にはぴったりで、冬の寒さもなんのそのです。
     こんな経験有りますか。

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  • 落葉集め

  •  木枯らしが吹く当節は、山に分け入って照葉樹、落葉樹の落ち葉集めに汗をかきます。
     今年は圃場が増えた分だけ多く集めなければなりません。針葉樹は腐葉土には不向きなので山を選び東西南北の山肌の落ち葉を無心になって集めます。
     年々歳々、植生が少しずつ変化して山の風景が変わる有り様に脅威を感じています。
     何と言っても増殖が激しい孟宗竹です。一年に5~7m以上根が伸びますから勢い昨年何もなかったクヌギの大木の廻りに孟宗竹が蔓延り窒息状態と化し十年を経ずして枯れ木になって竹林になるであろう事が推察される様な光景は普通に散見され、四国山々の広葉樹林が孟宗竹の被害にあってバランスを崩しています。その根は山の表層部を覆い尽くすために保水力もなく集中豪雨に遭うと山崩れを起こして岩肌がむき出しになり、被害も甚大です。又、腐りにくく処理にも手をやきます。景観も落葉樹の森と異なり一年を通して緑色、人々の心を和ませる秋の鮮やかな色彩や四季の風情を感じる事は望めません。小鳥や多くの動植物も姿を消して適応できる数少ないそれらのみが生存を許される事となり、森の多様性が損なわれています。現代社会から見放され少しばかりの筍と少しばかりの竹炭や美術工芸品などの竹細工に使用される以外は放置されています。その昔中国の高僧が薬用として日本に持ち拠り、少なくとも戦後暫くは栽培されましたが、先ず竹細工が金属やプラスチックに代替され、食用は灰汁抜きなど料理に手間が掛かり硬いので食卓から敬遠され、ついにはごく僅かな食材に使用されるのみとなり農家は竹林を放棄して現在の有り様になっています。
     もう一つは針葉樹(杉・檜)、戦後復興の木材需要に呼応して、国は植林政策を奨励して沢山の雑木山は切り倒され針葉樹が植林されました。しかし昭和後期から価格競争に破れた国産材はその主役を外国材に明け渡し林業経営は成り立たなくなって山は荒れ放題、限界集落は次々と姿を消し放置されたままの荒屋が朽ちるのを待っています。山間中山間の集落の消滅は想像を超えて進み、山林はイノシシや鹿、日本ザルの天国となり、都会の中高年の方々の登山やハイキングコースを外れた幾多の森林は人気もなく忘れ去られ、竹と同じく集中豪雨で山肌が崩壊し、保水力は落葉樹や照葉樹と比較するまでもなく災害や人災に繋がっています。地球温暖化の原因がCO2 激増に起因するとされていますが、それを海の水と森林が吸収して頑張ってくれているのに無碍に扱うと手痛いしっぺ返しに遭うのではないかと案じています。

     落ち葉集めの傍ら、どんぐりの実を植えて年々少なくなる落葉樹を守り育て、山の崩壊を少しでも食い止め、美味しいお米を作る大切な腐葉土を作る為にも、豊かで清らかな水を頂く為にも、四季を愛で日本の風景を守る為にも、次世代に豊かな自然を遺す大切な仕事の一つとして、この時期、山に恩返しをしています。
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  • 金柑漬

  •  寒の柔らかな陽光に映えて黄金に輝く金柑が今年も沢山実っています。
    自宅用に金柑のハチミツ漬けをする時節となりました。
     収穫は天候の良い穏やかな日時を選んで剪定を兼ねて行い、孫娘も収穫の手伝いに一役買ってくれ楽しみながらの作業となります。上の孫娘は昨年より少し上の枝まで手が届く様になり、下の孫娘は初体験とあって何事も興味津々、小さな手で頑張っての収穫です。
     早速採れた金柑を選果して水洗い作業にかかります。
     金柑を軽くゆでてから種を取り専用瓶に入れ、今年の春、蓮華畑でとった蜂蜜を使って上から蜂蜜をタップリと注ぎ込んで完了です。保管して3年もすると最高の風邪予防の常備薬に変身します。
    冬の農作業は乾燥と寒さで喉を傷めがち、風邪予防には金柑の蜂蜜漬けをお湯で薄めて頂くのが一番、その為にも例年この作業は欠かせません。
     今年は以前に植えた種なし金柑が少し実ったので早速漬け込むこととし、やがて全てがこの品種に取って代わるので種取りの煩わしさから開放されそうです。
     年々歳々、自然からの恵み物は有難く感謝して頂いております。
     最近は何でも簡便な市販物に置き換わって自然の有難さや四季の楽しみも忘れ去られ、店頭でのレジシステムは会話の必要も無く、人間関係がますます希薄になって残念です。

     人類が長い歴史から生み出した生薬類などは次世代に伝授すべき大切な知恵ですが、都市化の進展と核家族化、又その環境がそれを許さなくなり、手間を省き、コミュニケーヨンを省き、マス化された商品で済ます現代社会、只、商品表示や賞味期限にのみ注意が向けられていますが、先人の知恵をもっと活かした暮らしを大切にしたいものです。その意からも私どもは恵まれた環境にあり、伝えてゆきたい冬の風物詩となっています。
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  • あらた(新田)を迎えて

  •  あけましておめでとうございます。
    七草粥の日を迎え、春の七草、「せり」、「なずな」、「ごぎょう」、「はこべら」、「ほとけのざ」「すずな」、「すずしろ」、を採って豊作を願います。「七草なんなん、とうどのとりが、渡らんさきに、七草なんなん、叩いた」と歌いながら木の棒で叩いて潰し、それを新米と共に粥にして神棚にお祭りして備え、また夕飯に家族みんな七草粥を頂いてお祝いします。
     いたってシンプルな行事ですが今年の家内安全と豊作を願っての大切なひとこまです。
     年々歳々、農耕民族の習わしが廃れ、忘れ去られていますが、今年は七草の新芽が、どんな場所にどれくらいの量が生えているか、どのような育ち具合か、など注意深く採取する時に観察して、今年の気候具合を予測して農作業の一つの目安としています。
     農業は自然との対話が生業、スーパーなどで七草のセットを販売している光景を見ますが、それは都人が季節を味わう風流であって、私共は生えている状態を観ることで籾蒔き時期を決定するなど大切な節目の日となっているのです。

     自然に自生している七草を見ると毎年表情が異なりますから、毎年観察されるときっと自然の不思議に感動すると思います。
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  • 寒九の雨

  •  昨日は久方のしっかりした雨が降りました。

  •  昔は寒の入り(小寒)から9日目の雨は豊作を呼ぶ雨として喜ばれました。

  •  又、正月元日や4日目の晴は豊作年と言い伝えが有り、今年はいずれも好天気で豊作を期待しています。
     農家では寒の寒さを利用して寒天、干柿、凍豆腐、干芋、干大根、などを作り保存用にし、酒屋では酒の仕込みの真っ最中、阿波藍染めのさらしもこの寒さが色を引き立たせるのに最適で、手を真っ赤にしながら川原でさらし作業の風景が戦後暫くまで有りました。又、楮や三叉を使って和紙を漉くのも寒の仕事、この時節の水は水質がよく雑菌が少ないので水を利用したり、寒さを利用したり、雑菌や虫を嫌うものはこの時期が最良で、あらゆるジャンルで大童でした。いずれも、寒さの中での重労働で今ではほとんど見かけなくなった風景です。機械化の進展で工場生産され、世間の目に晒されること無く量産されています。 限られた方が昔ながらの製法にこだわり、味わい深いものを作られていますが、これも時代でしょうか。

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  • 十五日正月

  •  我が家はお正月飾りを15日まで行います。
     今では1週間とか早いお家では3が日で済ませる家など簡略化が進んでいます。
     15日には、お正月様の神棚に今年の平穏無事と、家内安全、豊作祈願を込めて二礼二拝一礼と柏手を打ってお正月様に最後のお願いをします。
     家の門先にお見送りして、丁度お箸の寸法大に柳の木を二本立て、柳の木は上の方に花びらのように切込みをぐるりと入れて化粧してお正月様のこれからの一年の旅の安全を願い、お神酒を注ぎ二礼二拝一礼をしてお見送りをします。
     又来年もお正月様に来て頂き良き年を迎えられますように家族全員で礼を尽くします。
     飾り付けを外し、お軸を外して元に直します。
     お供えをした鏡餅は鏡開きをして、お鏡を割ってお雑煮にして夕食を迎えます。
     翌日は善哉にして頂き、そのお鏡は決して焼いて頂くことはしません。それは昔からの言い伝えで焼くと家や納屋が焼けたり、災難が降りかかるなど災いの元になるからです。
    又、お祭したお神酒も家族みんなで頂き、福を分け合います。
     これで神事が一区切りです。

     
  •  明日から目標に向かって充実した一日一日を過ごして、来年も良き年を迎えられますように頑張ります。どうかよろしくお願い致します
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  • 梅暦

  •  大寒を迎える頃はフキノトウが膨らみ「春」を誘う時節、それを摘んで衣を薄くつけて菜種油でフライにして「新春」の味と香、「春一番」旬の元気を頂きます。
     時を置かずして梅の花芽が日々大きくなって膨らみ、鶯は山から降りて初音を披露し、やがて芳しい香りとともに白やピンクの花弁を一花二花と開花させて、春を一気に呼び込みます。日が長くなるに連れて空の明るさが増し空気感が春めき、寒風の中に春の気配を感じ、やがて訪れる東風を待ちわびて花木や鳥たちが準備万端整えて待っています。この時節は将に冬の峠、これから賑やかな春本番を迎える夜明け前です。一夜の夜明け前は温度が一番低く、又一番暗い時間帯でも有ります。季節も同じくして今が一番厳しい寒の極み、手のひら返しにすぐそこに華やかな「春のなごみ」が待っています。新暦は「新春」、「初春」として旧暦との区別をして、一月ほど早い春を祝って今日的には普通に使っています。昔(旧暦) は梅がほころび咲くのを一年の始まりとして「春」と言いました。おめでたいことは早いほうが良いに決まっています。新春だけは太陽暦は大歓迎です。梅は事の始まり、子供の頃は梅林の中に遊山箱を下げて赴き、母に作ってもらった手料理が三段重ねの遊山箱に収まり、一番上には少し甘目の紅白の寒天と水ようかん、中段には色とりどりのお煮しめ、下段には春海苔で香りいっぱいの巻き寿司が並び、ご馳走を頂きながら兄弟や友達と日なが遊山をして過ごした記憶があります。ちなみに遊山箱を持って遊山する風情は徳島県だけの文化です。巡りめく暖かな季節がもうすぐそこまで来ています。
     水が動き大人は農作業を本格的に始める支度をする大切な梅暦であり、子供にとっては「春」を楽しむ歳時記、梅花を振り出しに桜、菜の花、レンゲ畑と続く遊山は幼子にとって初体験がいっぱい、自然との楽しみ事から学び育ってゆく成長の春です。
     お子様をお持ちの方で梅の花をご覧になる時は是非遊山箱を持ってお出かけになって楽しんでみてはいかがでしようか。それもできれば子供たちだけで・・・、きっと一回り大きくなって帰ってきます。現代社会ではその環境を許さないかも知れませんが・・・。

     

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  • グリーンシティーの提唱

  •  以前コラム「植樹のススメ」の中で、ヨルゲン・ランダース博士の著書「2052」を紹介した中で何かのきっかけで気候変動(CO2)が自己増殖し始めると人類は破滅的になることを御紹介しましたが先日のTVでグリーンランドの氷が溶け始めてメタンガスがあちこちから放出されている映像が流れました。これを観て思わずヨルゲン・ランダース博士の言葉が浮かびました。「ツンドラ地帯の氷が溶け始めると大量のメタンガスが放出され全部出尽くすまでその現象は止まらない。メタンは強烈な温室効果ガスでCO2の数十倍、人類に大惨事が起こると。」「その時期は2020年代に始まるのではないか。」と、そしてその引き金が引かれたのではないかとゾッとています。

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  • 人類は快適さ便利さを求めて産業革命以来、幾何級数的に化石燃料を消費して地球が自然循環出来る限度をはるかに超えても先進国も新興国も、低開発国までもが挙ってより快適な生活や富を求めて猛進しています。それはヨルゲン博士の未来予測からして空恐ろしい事が待ち受けていることを意味します。
    先進国の中で市民がこのことに気付き従来の価値観を取り払い、地球にやさしい環境の町づくりを推進し始めた市や町をTVで紹介されました。素晴らしい取り組みをご紹介して、出来ることから一刻も早く取り組んで頂きたいと切望してやみません。

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  • アメリカのポートランド市で人口60万人程、先ず車社会から人間社会を取り戻そうと市内に路面電車を張り巡らし自転車を電車内に持ち込み可能な設備を整え、2時間以内は一定料金で乗り降りを自由とし、しかも自転車ロードを作り、市民の足としての利便性をしっかり確保しながら車の量を減らすことに成功し、30%近いエネルギー消費の削減をしています。高層ビルを建てず森林公園を増やし、コミッション制度を設けて市長、市会議員、地区代表の5名と地域の住人代表がエネルギー削減に向けて町づくりの提案や要望を毎週各地域で話し合い、その場で決めるスピード感のあるシステムとなっています。近隣のコミュニティー組織が毎週話し合って出た問題をコミッション地区の代表が同制度に持ち込んで話し合うのです。住民の参加意識が高まり自分たちの街を自分たちで良くするグリーンシティーを目指しているのです。大変素晴らしい市民です。 

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  • 東京のような大都会は電車や地下鉄が整備されまだ良い方ですが、地方に住む大多数の国民はアクセスの悪さから車なしでは生活が成り立ちません。路面電車を張り巡らし、自転車ロードを整備して利便性を良くし、車社会から開放されたいと願っている私にとってはポートランド市民は大変素晴らしい試みです。


    後戻りができない引き金が引かれたかもしれない地球温暖化の悪循環に一刻でも早く気付き、エネルギー消費を少なくする世の中に出来ないものでしょうか。
    TVの結びに日本の江戸時代の価値観は世界に類例のない省エネ文化であったと賞賛しています。 ちなみにお隣の国中国ではPM2.5 もさることながら昨年一年間に新車が1300万台も販売されたとか。
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  • 自然の間尺で

  • 世の中は早く、広く、深く、高く、大きく、と人間の欲望は尽きることがありません。
    私は毎日を、自然界の歩調に如何に合わすことが出来るかを考えて生きています。
    自然にはひとつのムダもなく、無理もないからです。
    とかく人間は自然界に逆らい、結果として心豊かに生きることを自ら捨て去っています。
    そのことに気づかず、アクセクしている儚い動物です。


  • 人、物、金、情報が集まる大都会、魅力的に映るからこそ若者は挙って群がり、華やかさに偽られて潜り込み、競り合い、押し合い、あふれる人を高層ビルが飲み込み、猛スピードの交通網を張り巡らして人を捌き、自然とは縁遠い人工空間を造り、蠕いています。
    自然との間尺の合わない価値観が生まれ、その都会人の価値観を他の圧倒的広範な地域に住む田舎人に押しつけ、結果として自然と暮らす人々が恰も都会人と同じ意志であるかのように自然界が受け取り、時として無防備な田舎人に自然界から手酷いしっぺ返しを受けることになります。
    都会人だけが受けるのであれば理の当然ですが、田舎に住み自然を敬って暮らす人々に向けられるのではたまらない。自然災害を観ても風水害、台風、地震、豪雪、異常気象など圧倒的に地方に降りかかる場合が多く、ますます地方は疲弊し、心が都会人から隔絶します。


  • 歴史が示す通り、行き過ぎた中央集権国家は自然界から裁かれる時が必ずやって来ます。
    よく公園などで一生懸命にジョギングや力を入れて散歩をしている光景を見かけますが、普通に歩いて、草木や野鳥、空の色や季節感など自然と一体となって楽しむことに目線をおかれてはいかがでしょうか。医者やスポーツジムのインストラクターから指導され運動量を時間内にこなし、健康維持を計っておられるのでしょうが、その先生方は自然から隔離された只中に居る訳で自然と調和した生き方をされている訳ではありません。(全てでないことを断っておきます。)
    食べ物においても、真冬に夏野菜を食べて、真夏に冬野菜を食べても健康維持にはそれが良いと調理師や料理研究家の先生方が勧めると鵜呑みにして頂く、勿論、最近は殆ど季節感のない食材がスーパーに並んでいるので解らないのかもしれませんが、本来露地栽培だと冬は冬にしか採れない物、夏には夏にしか採れない物がはっきりしています。ニーズがあるから農家はボイラーや電気代を使って強制的に環境調整をしてハウスなどで栽培しCO2を沢山出して、しかも遠距離輸送のために保冷車を使うなど自然に棹をさしています。当然のことながら露地物の本来の味ではありませんし、果たして健康に良いのでしょうか?
    自然を理解して出来るだけ小規模エリアで完結する町に、国土計画を中央官庁でなく地方住民から積み上げて自然との調和のとれた都市・町作りが出来ないものでしょうか。
    もう少し日々の暮らしのスピードを緩めると本物の生き方が見えてくると思うのは私だけでしょうか。

    時代がそれを許さない人間社会の愚かさなのかもしれません。

     

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