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里主コラム
コラム 141 鳥の子色
コラム 142 マリンスポーツ
コラム 143 四国遍路
コラム 144 ヤマモモ
コラム 145 写楽
コラム 146 雷三日
コラム 147 百日紅
コラム 148 蝉しぐれ
コラム 149 花火
コラム 150

阿波踊り

 

里主コラム 1~10 51~60  101~110  141~150
里主コラム 11~20 61~70  111~120  151~160
里主コラム 21~30 71~80  121~120  161~170
里主コラム 31~40  81~90  121~130  171~180
里主コラム 41~50  91~100  131~140  181~190

 

 

 
  • 鳥の子色

  •  六月は将に夏到来、最近は春らしさが無く冬からいきなり真夏日の気温が訪れる日も多く、地球温暖化が実感される毎日です。
     
  •  梅雨空に似合うツバメも少々面食らっている様子で、子育てに励んでいる様は心持バテ気味に見えますが、人間様が勝手に推測するのか?それとも本当に面食らっているのか?
    ツバメは孵化して20日で巣立ちますが、食欲旺盛な雛たちはしきりに食べ物を要求してピイピイ、親鳥は息つく暇もなく虫などを取って来て与えています。
    メジロ、ヒヨドリはもっと大変で、10日で巣立ちますから親鳥は死に物狂いでエサ取りに出かけています。
    雛たちは大きくなるにつれ産毛がだんだんと取れていよいよ巣立ちの日を迎えますが、産毛の淡いグレーがかった黄色味を「鳥の子色」と呼んでいます。
     上質紙の雁皮紙を「鳥の子紙」と言いますが、その淡い黄色の風合いがとても日本人の感性にマッチし、また筆の滑りが良いところから古来より珍重されてきました。
     雁皮の成長は遅くて、その上に紙すきに難点があります。当然生産量は少ないのですが仕上がりは緻密で紙肌が最上級ですから重宝されてます。
     その紙質から平安時代には仮名料紙や写経、手紙などによく使われて現在も残っています。
     私は万葉仮名が好きなのでよく著名な書を見に出かけますが、自分が使用するときも筆が滑らかに進んで書きやすいので好んで使用します。
  •   今年は肩の手術を受けたために筆を持つことが叶いませんが、快気すればまた始めたいと心待ちにしてリハビリに努めているところです。

 

 

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  • マリンスポーツ 

  •  この夏、涼を求めて海や山に出かける方も多いのではないでしょうか。
     オーソドックスなのは海では海水浴、山では夏山登山です。
     徳島の私邸から直営店へ毎日自転車通勤しているのですが、途中で強烈な海のスポーツに遭遇したのです。
     ジョギングされてる方、犬の散歩をさせてる方、木陰のベンチではおばさん達がよもやま話に花を咲かせている風景など、いつもと変わらぬ新町川(徳島市)沿いのグリーンベルト(約1.5km)を踏み進んでいると、突然右手前方の新町川中央付近で猛烈なゼット噴射で5~6mはあろう上空を右へ左へと飛ぶ人の姿を観て仰天しました。

    里主のコラム マリンスポーツ

     フライボーと呼ばれる水上バイクの水圧を利用してゼット噴射させ、人を上空高く浮かび上がらせるスポーツです。いでたちはスイミングウエアーにヘルメット、足版に強烈なゼット噴射ノズルが二つ、それに水を送るホースと水上バイクがセットの様です。
     乗る人(飛ぶと表現してもよいのではないかと思いますが)と水面のバイクの人が息を合わせて行うスポーツで、見る側にとっては恐怖感と清涼感が相まって変な感じがします。
     飛ぶ方(乗る)は実に面白そうに縦横無尽、気持ちよさそうに夏を満喫している様子です。
     

  •  最近はいろんなマリンスポーツが出現して、若者にとってはいい時代ですね。

     

 

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  • 四国遍路 

  •  いつの世も悩み多きものです。
     少しでも心を癒そうと、その昔空海が修行した四国八十八ヵ所を巡礼される方が沢山おいでになります。
     真言宗開祖の弘法大師(空海)は、1200年余り前、香川県善通寺市に父の郡司・佐伯直田公の息子眞魚として生まれ、若かりし頃に四国各地で修行され、太龍寺(徳島県)では百日修行し、室戸岬・御厨人窟(高知県)で修業中に明星が口に入り悟りを開いたと言われ、洞窟内から海と空しか見えなかったところから「空海」と名乗った高僧です。
     遣唐使として唐の都・ 長安の青龍寺で真言密教を学び、嵯峨天皇の庇護を受けて東寺と高野山を賜り、同地を修禅の地として活躍された方です。
     嵯峨天皇、橘逸勢と共に三筆の一人でもあり、書画を好む私にとって大変興味のある能書家の一人であり、「崔子玉座右銘」(国宝)の書はとても有名な墨蹟です。

    コラム四国遍路「空海・書」
    「座右銘」

     四国遍路は自分と対峙しながら「南無大師遍照金剛」と唱えて空海と共に二人ずれで寺を巡り、現世での救いを求める「おへんろさん」のことです。
    * この世の一切を遍く照らす最上の者=大日如来=遍照金剛=南無大師遍照金剛(空海を崇敬した呼称)
     昔ながらの徒歩で巡礼する方から車で足早に廻られる方、老若男女を問わず外国の方までお見受けする昨今です。
     巡礼の旅を終えて、海路和歌山に渡り最後の修禅の地・ 高野山にお参りするのが遍路旅の完結ですが、その道筋に弊里の直販店があります。

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  •  先日も6月とも思えぬ炎天下、一人の若い女性が最後の力を振り絞るように憔悴しきって店の前を通りかかりました。花壇の手入れをしていた所であったので、「もう少しですよ。頑張って下さい。」とお声をかけますと、それまで苦しそうに歩路を進めていた表情から笑みがこぼれて安堵のご様子、「数百メートルで南海フェリー乗り場に着きます。」 と仔細をお話しすると疲労感から解放されたと見えて、晴れやかな満面の笑みに変わり、お辞儀をされて元気よく船着き場へ向かわれました。
     「藁をもすがる思い」と言う表現がありますが、不条理に遭遇されたり、複雑な現代社会で思い悩まれたり、いろいろな思いを秘めて四国巡礼を思い立たれ、心の平安を求めて遍路をされているのでしょう。
     その体験が後の人生にプラスになられることを願う気持ちで一杯です。
     縁あって人間としてこの世に存在するわけですから、その宝(時間)を大事にしたいものだと遍路さんをお見送りしながら感じる一刻です。

     

 

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  • ヤマモモ 

  •  未だ実ってない緑から熟すに従いオレンジ色から赤色、完熟の赤黒色へ、熟した実が地面一面に落ちている様を見かけると、ヤマモモ酒の作る時節の到来と気が焦ります。

  •  それと言うのも時期が二週間程度で、それを過ぎるともう果実が落下して無くなります。
     今年も早速作ろうと氷砂糖と果実酒を買い込んで、さて、木から採るのも大変だし、どこかに販売してないかと安直に考えて知人の専門店に連絡し、早速少し確保し安堵しました。
     今時、若い方はその酸っぱい甘さには見向きもしないと見えて、スーパーや市場ではほとんど姿を見せなくなり、忘れられた果実となりました。
     それもそのはずで、種が大きくて外側の果実は少なく、食べると歯に繊維がかかり、衣服に着いたものならもう落ちません。昔は木箱に一段だけ丁寧に並べて揺れないように包装して、傷みやすいので気を付けながら季節のギフトとしてお届けしたものです。
     お塩を少しかけて頂くと甘みが増して結構な季節の味が堪能できるのですが、今ではOldな者にとって懐かしい味となってしまいまいた。
     ヤマモモ酒は今の食味に合わせて結構甘目に作りますから、家族からは好評です。

    里主のコラム ヤマモモ

     今年の春にベトナムに旅した時、よく似た果実があったので聞いてみると「ズオンマイ」と言うそうで、食べてみるとやはり「ヤマモモ」でした。
     二十数年前に中国に旅した時も杭州湾に面した村々の山肌にヤマモモが沢山栽培されていて、「ヤンメイ」と呼んで日本のものよりひとまわり大きかったことを思い出しました。
     

  •  徳島県の「県の木」にも指定されて、公園にも沢山植えられています。
    通勤途中のグリーンベルトには刈り込まれた街路樹の中にヤマモモの実が沢山付いているのを見かけますが、野生種なのか小ぶりの実が窮屈そうに鈴なりになっています。
    (落下した実が衣服に着かないように要注意!要注意!)
    梅雨の盛りの風物詩に、ヤマモモの「味彩」は欠かせないものであったのですが・・・、

  •  時代ですかね。

 

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  • 写楽 

  •  「写楽」と言えば東洲斎写楽、徳島阿波藩主蜂須賀家のお抱え能役者・斎藤十郎兵衛の雅号で、江戸時代中期の浮世絵師として世界的に有名な人物です。


  •  僅か10か月の間に165枚を描き、近年新たに肉筆画が1枚見つかっておりますが、短期間に精力的に作品を残し、しかもその前にも後にも一切作品は残っておらず、大変なぞの多い人物であることで知られています。東京国立博物館はもとより大英博物館や世界各地の美術館に所蔵され、個人の収集家の間でも人気があります。特に歌舞伎役者をデフォルメした大首絵は役者の表情が個性的に表現されて、海外ではレンブラント、ベラスケスと共に「世界三大肖像画家」として称賛されています。

     

  • 里主のコラム写楽版画

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  • 里主のコラム写楽版画 

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  •  そんな訳で、私は徳島の人間ですから阿波蜂須賀藩から輩出した世界的肖像画家の作品は特に興味があって気に入っています。勿論本物は持ち合わせていませんが、アダチ版画研究所がレプリカした浮世絵版画をすべて取り揃えています。
    海外で新たな友人が出来ると必ず大首絵の版画をgiftすることに決めています。

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  •  画面からはみ出しそうな大胆な構図と色使いが外国人には大変受けが良くて喜んでくれます。
     自宅では時々額を差し替えながら写楽版画を楽しんでいます。
     皆様の地にも著名な芸術家はおいでになりませんか?
     お部屋に飾ると雰囲気が変わって、Happyな人生が送れること請け合いです。

 

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  • 雷三日

  •  梅雨も終盤に差し掛かり、昨日は積乱雲が発達して午後から猛烈などしゃ降りの雨となり雷鳴と共に落雷があちこちに落ち、稲に容赦なくスコールを頂ましました。
     それも二時間ほどで小康状態となり、稲にとっては将に慈雨となりました。
     太平洋高気圧と日本海高気圧とのせめぎあいで日本列島に梅雨前線が横たわり約一月余り曇天と雨天の日が続くわけですが、この気象現象が無ければ日本列島はカラカラになって水不足をきたし、農業は基より林業、漁業まで影響を及ぼしますから、正しく慈の雨です。
     梅雨の走りのしとしと雨から梅雨本番、梅雨明け間近の雷雨を伴う短時間の集中豪雨、そして梅雨が明け太平洋高気圧にすっぽり覆われて真夏を迎えるわけですが、その梅雨明けの最終章が昨日からの雷雨です。
     昔から「雷三日」と言われて、三日程は雷を伴う大雨があってから夏本番を迎え、雷が無い年は凶作になると言い伝えがあります。
     雷雨は山に沢山の雨水をもたらし、 雑木林がそれを蓄えて、ゆっくりと下流域の水田に水を送りこみ、秋の収穫時期まで豊かな恵みの水をもたらしてくれる実に有難い自然の好循環です。

     子供の頃は雷が鳴ると急いでおへそを隠し蚊帳の中に潜り込んだもので、生きた心地がしなかった思い出があります。昔は和風建築で部屋の長押に四方蚊帳吊り金具をかけて、夜になると蚊帳をその金具に張り、蚊取り線香を焚いて寝るのが生活スタイルでした。
     また、風通し良い簀戸も欠かせないもので、春から夏に模様替えするとき障子ふすまから簀戸に差し替えて蒸し暑い夏の季節を乗り切る生活の知恵がありました。
     我が家は母屋が築六十年程の入母屋作りで純然たる和風建築、今でも簀戸を使用して夏の風情を楽しんでいます。
     さすがに蚊帳と蚊取り線香の出番はありませんが、今ではよき思い出の一つとなっています。

     

 

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  • 百日紅

  •  我が家には紅と白の花を楽しめる「サルスベリ」が植わっています。
     梅雨頃から約3か月、真夏に花木を愛でることができ、結構な存在感を示しています。
     百日程花をつける由来から「百日紅」の名がつけられたそうで、原産地は中国で紅色です。

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  •  10年程前になりますが、青空市で「弥生紫」(黒米)を販売していて、縁あってお隣で農産品を販売していたおばさんから白と紅のサルスベリの幼木を頂きました。当時はほんの20~30センチ程度の苗木であったのですが、今では2メートル以上のしっかりした庭木に成長しています。成木は5~6メートル以上になりますが、庭のスペースも勘案してあまり大きくならないように剪定に心がけています。剪定は秋と2月頃に二度行って枝ぶりを整え間引きして、翌年の花を楽しめる様にお礼肥も怠らずに手入れをします。

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  • 里主のコラム147-百日紅写真

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  •  サルスベリのもうひとつの味わいはやはり木肌ではないでしょうか。
    大きくなるにつれて木肌の古い表皮がパラパラと剥がれて新しい光沢ある茶色い肌が現れて、曲がりくねる枝の習性と合わせて特徴ある風情を楽しむことが出来ます。
    猿が滑って登れない所からその名が付けられただけあって、つるつるで如何にも登れないように見えますが、実際はそうではありません。
    古人がユーモアを込めて名付けた名前は、「然も在り何」と思わすところがいいですね。

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  •  年年歳歳サルスベリも温暖化に敏感に反応して、開花時期が早くなっています。
     自然界が警鐘を鳴らしていることを無視するとどうなることでしょうね。

     

 

 

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  • 蝉しぐれ

  •  ミ~ン、ミ~ン、ミ~~ン。木立の中を出社途中、早朝から元気よく降りそそぐ蝉の音色には暑さを吹き飛ばす爽快感があります。
     時にはうるさく聞こえますが、真夏に蝉の声が無ければ季節感が半減します。
     アブラゼミのジリジリジリと鳴く音色は太陽に焼かれて熱くてたまらないイメージがありますし、クマゼミの豪快なジャンジャンジャンとやや低音で鳴く迫力や、夕暮れ時のヒグラシの悲しげにリリリリリリ~カナカナカナと鳴く音色、夏の終わりにはツクツクボウシの正しくツクツクボウシの音色がゆく夏を惜しみ奏でるようでとても魅了されます。

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  •  処で、蝉の無く音は1,000Hzから10,000Hzと音域が広く、携帯電話ではその音をよく拾えないのをご存知ですか。携帯電話は周波数が300Hzから3,400Hz位だそうで、全く知りませんでした。

    里主コラム 蝉しぐれ

     

  •  若かりし頃、あの有名な隠元禅師が開山した宇治黄檗山万福寺で研修体験したことが有ります。

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  •  二月の極寒にせんべい布団一枚を二つ折りにして枕なし睡眠をとり、朝5時に起床、掃除、そして二時間の座禅、朝食は一汁一菜で椀に米粒の無い粥と具が少々の味噌汁、たくあんが一切れ、それをよく噛んで音を立てず、食事の最後に茶を注いでたくあんで洗ってからすべてを飲み干し、終わりに布巾でよく拭いてからそれで包んでお箸を横に通して作法(食事)は終わります。片付けの後、禅師や雲水の法話を聞くのですが、雲水が蝉の話をされたことを思い出します。

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  •  蝉は数年間地中で生活し、地上に出てわずか数日の時を過ごして一生を終わる。
    人間もまた然りで、生きている時間は短いもの無駄にしてはならない。
    先ず、自分は何者であるかよく考えることだ、と教示を賜りました。
    今もその言葉が心に強く焼き付いており、年を重ねるに従い蝉の声や抜け殻を見るにつけ、その言葉の重みがよくわかってきます。
    私の座右の銘は「刻楽」ですが、今日の一日一刻を大切に、生かされている今を前向きに楽しむ様心がけています。
    隠元禅師は、禅宗はもとよりインゲン豆、宇治茶、孟宗竹、スイカ、レンコンを中国から持ち込んで薬用として広め、煎茶道、普茶料理(ごま豆腐:精進料理 = 医食同源)で食生活(作法)のあり方を示し、墨蹟などによって生き方を教えた中国明の高僧です。

 

 

 

 

  • 花火

  •  夏の風物詩に加えたいものの一つに花火があります。
     子供の頃は素朴でシンプルな線香花火を庭先で楽しんだもので、パチ・パチと光り最後の線香玉の閃光を落とさないようにと手を動かさず止めて頑張ったものです。
     最近は地域の花火大会もめっきり少なくなって、地方都市では細々と打ち上げることが多く、少子高齢化(人口減少:地方衰退)の波が夏の風情にもはっきりと見て取れる昨今です。

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  •  さて、一瞬の光に究極を求めて花火師たちは尺玉や仕掛け花火を一年間精魂込めて制作し、真夏の夜にその出来栄えを披露して、見物人の歓喜の渦でその苦労が報われます。ヒューと上がって炸裂音と共にパット開く数秒間の輝きと変化の妙、日本人気質にぴったり合った光の芸術が夜空に花開きます。

     

  • コラム149花火

    コラム149花火

     

  •  思わず暑さを忘れて「瞬間」を楽しむ。
     情緒があって日本の夏はいいですね。

 

 

  • 阿波踊り

  •  徳島県民にとって夏の風物詩の代表格は何といっても阿波踊りではないでしょうか。
     旧盆の8月12日から15日まで徳島市は踊り一色となります。
     その前の9日から11日までは鳴門市(その他各地)でひと踊りして、それから徳島市に繰り出して、4日間踊りが続くのです。
     連(各グループ)は年明け早々に独自のパフォーマンスを練り上げて、今年の踊りの隊形をどうするか入念に打ち合わせをし、そして踊りの練習をします。鳴り物(カネ、笛、太鼓、三味線)も工夫し調子を合わせ、ユニフォームはどのようなものにするかデザインやカラーなど仔細に検討し、小道具(提灯、瓢箪、煙草入れ、団扇など)もイメージに合わせてオーダーします。僅か4日間の為に他の連より見栄えのする際立った踊りを披露しようと舞台裏では大変な努力が払われています。
    当日、ブルーエンゼルスのアクロバット飛行の妙技が披露され、夜の本番では見物桟敷が鮮やかにライトアップされて、観客の渦中へ一声と共にいざ!
     その晴れ舞台に真夏の夜の乱舞を披露して幕開けとなります。

    里主コラム阿波踊り

 

里主コラム阿波踊り

 

里主コラム 阿波踊り

 

里主コラム阿波踊り

  •  処で、昔は阿波踊りとは言わず、盆踊りと言っていました。
     徳島県下一円、各町・村・集落で、人々がご先祖の供養と家族の健康を願って家々を廻わり、お神酒を頂きながら踊ったものです。当家にも村人が集まって陽気に踊り、私も子供ながら飛び入り参加を決め込んだ記憶があります。
     決まった衣装など無く、日頃着ている浴衣に手ぬぐい、足袋、うちわ、暗いので提灯をかざして野道を廻り、主に青年達が鳴り物に合わせて掛け声を掛け合って思い思いに踊り、お盆の間農作業から解き放される解放感と村人達の親睦を図るとても素朴な踊りでした。
     「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、よい、よい、よい、よい。」と囃しますが、「えらいやっちゃ」は方言で「豪い奴や」、「よい」は「宵」、「善い」、「好い」、「酔い」、などの意味を併せ持っています。正式な歌詞などは有りませんでした。
     今ある阿波踊りの歌詞は諸説ありますが踊りの後付けで後世に作られ、どちらか言うと外(よそ者)に向かっての囃し言葉になっています。盆踊りは内向き(地域・集落)で、心身への労いや地域の人々の連帯感、家族親族そしてご先祖への思いが込められ、拍子に合わせて自然発生的に出た掛け声だけです。農民の苦しい生活の中から生まれたお盆の踊りが今の華やかな阿波踊りの原型となっています。
     

  •  今、ブラジル・リオではオリンピックが開催されていますが、ブラジルのSamba、そして日本のAwa dance(阿波踊り)は世界の踊りとして広く認知されつつ有ります。

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  •  僅か数十年で盆踊りからAwa danceへGlobalizationの時代と共に進化を遂げています。
     「偉いやっちゃ」ですね。

     

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